旅館業の事業承継と出口戦略|旅館業許可は引き継げるのか|第18話

~売却・相続・事業譲渡の契約前に確認したいこと~
こんにちは。
横浜市泉区・中田駅を拠点に活動している行政書士の田中穂積です。
前回は、
「地域と共に生きる宿だけが長く続く理由」
について考えました。
宿泊によって生まれる利益を宿の中だけにとどめず、
地域の飲食店や商店へ宿泊者をつなぐ。
地元の商品やサービスを利用する。
地域の魅力とルールを宿泊者へ伝える。
地域住民や行政と対話する。
という積み重ねが、地域から応援される宿につながります。
しかし、宿を長く残すためには、
現在の営業だけでなく、その先も考えなければなりません。
親族へ引き継ぐ。
従業員へ引き継ぐ。
第三者へ売却する。
法人化する。
建物を貸す。
廃業する。
経営者には、いつか何らかの選択が必要になります。
今回は、
👉旅館・ホテルを売却・譲渡・相続する場合に、旅館業許可をどのように扱うのか
について考えます。
旅館業許可は建物についてくるものではありません
旅館・ホテルの建物を購入すれば、
買主がそのまま営業できると思われることがあります。
しかし、旅館業許可は、
建物そのものに付いている権利ではありません。
許可を受けた営業者が、
許可を受けた施設で旅館業を営むためのものです。
そのため、
建物を売買した。
営業設備を引き渡した。
宿の名称を引き継いだ。
予約サイトの掲載ページを引き継いだ。
という事実だけで、
買主が旅館業の営業者になるわけではありません。
大切なのは、
誰が現在の許可を受けているのか。
誰が次の営業者になるのか。
どの方法で事業を引き継ぐのか。
を確認することです。
事業譲渡では事前の承認が必要です
以前は、旅館業を事業譲渡する場合、
譲受人が原則として新たに許可を取得する必要がありました。
現在は、
👉旅館業法上の承継承認を受けることで、譲受人が営業者の地位を承継できる制度が設けられています。
ただし、事業を譲渡した後に届け出ればよいわけではありません。
譲渡人と譲受人は、事業譲渡の効力が発生する前に、都道府県知事等の承認を受ける必要があります。
例えば横浜市も、承認前に譲渡の効力が発生した場合は承継制度を利用できず、新規許可が必要になると案内しています。したがって、
事業譲渡契約を結ぶ。
代金を支払う。
施設を引き渡す。
買主が営業を始める。
という日程を決める前に、
管轄する行政窓口へ相談する必要があります。
👉契約を先に完成させてから手続を考えるのでは、遅い場合があります。
相続では死亡後60日以内の申請が必要です
個人で旅館業を営んでいた営業者が亡くなり、
相続人が事業を続ける場合にも承継手続があります。
旅館業法では、相続人が引き続き営業しようとする場合、
営業者の死亡後60日以内に承継承認を申請すること
とされています。
承認申請中は、一定の範囲で従前の許可が相続人に対してなされたものとみなされます。
相続人が複数いる場合には、
誰が旅館業を承継するのか。
建物や土地を誰が相続するのか。
事業用の設備や預金を誰が取得するのか。
を整理する必要があります。
建物を相続した人と、
旅館業を承継する人が同じとは限りません。
その場合は、賃貸借や使用関係も含めて確認します。
相続は突然発生することがあります。
営業者本人しか許可関係の書類を把握していない状態は避け、
家族や法人内で保管場所を共有しておくことが大切です。
法人の合併・分割にも承継手続があります
法人が営業者となっている場合には、
会社の合併。
会社分割による事業の移転。
という形で、旅館業を引き継ぐこともあります。
旅館業法では、一定の合併や分割について事前に承認を受けることで、
合併後または分割後の法人が営業者の地位を承継できる仕組みがあります。
一方、会社の株主が変わる場合と、
旅館業そのものを別の法人へ移す場合は同じではありません。
表面上はどちらも「会社や宿を売る」話に見えますが、
株式を譲渡するのか。
事業だけを譲渡するのか。
法人を合併・分割するのか。
によって必要な手続は異なります。
税務、会社法務、契約、許認可の各面を確認したうえで、承継方法を選ぶ必要があります。
許可を承継できても、施設の問題が消えるわけではありません
承継制度を利用できる場合でも、
現在の施設が許可内容どおりに使用されているか。
無届の客室や設備変更がないか。
宿泊定員が実態と合っているか。
消防設備が適切に維持されているか。
衛生管理に問題がないか。
を確認する必要があります。
厚生労働省は、譲受人が、従前の営業許可申請や変更届に提出された図面・書類の控えを適切に管理する必要があると案内しています。
また、事業譲渡による承継後は、一定期間内に行政による業務状況の調査が行われる制度になっています。
つまり、
許可を引き継げたから安心。
ということではありません。
承継前に、
許可証。
施設図面。
変更届。
消防関係書類。
衛生管理記録。
過去の行政指導への対応。
を確認することが大切です。
👉事業承継は、宿の運営状況を点検する機会でもあります。
飲食店営業などは別に確認します
旅館・ホテルでは、
宿泊以外の許可や届出が関係することがあります。
例えば、
飲食店営業許可。
酒類販売に関する手続。
温泉利用に関する手続。
屋外広告物。
消防・防火管理。
建物や設備に関する届出。
などです。
旅館業の承継手続を行えば、
他の許可や契約もすべて自動的に移るわけではありません。
特に、食事を提供している宿では、
👉旅館業許可と食品衛生法上の営業許可を分けて確認します。
横浜市でも、食品関係営業について、譲渡・相続・合併・分割による営業者の地位の承継手続を別に案内しています。
宿で行っている業務を一覧にし、
それぞれに必要な許可・届出・契約を確認する必要があります。
予約と宿泊者への対応も引き継ぎます
旅館・ホテルの事業承継では、
行政手続だけでなく、すでに受けている予約への対応も重要です。
確認したいのは、
承継日以降の予約を誰が履行するのか。
宿泊料金を誰が受け取るのか。
前受金をどう引き継ぐのか。
キャンセルや返金を誰が担当するのか。
宿泊者へ営業者変更をどのように案内するのか。
という点です。
また、
OTAとの契約。
自社予約システム。
ドメインやホームページ。
電話番号。
写真や文章の使用権。
会員情報。
口コミへの対応。
なども確認します。
アカウントや契約は、
事業を譲渡すれば当然に引き継げるとは限りません。
各サービスの契約条件を確認し、
必要な変更・再契約・告知を行います。
従業員や取引先も宿の大切な資産です
宿の価値は、
建物や設備だけではありません。
長年働いてきた従業員。
仕入先。
清掃・リネン事業者。
修繕を依頼している事業者。
旅行会社。
地域の飲食店や観光事業者。
などとの関係も、宿の運営を支えています。
事業承継では、
雇用を継続するのか。
労働条件をどう扱うのか。
取引契約を引き継げるのか。
未払い・未収金がないか。
保証金や預り金をどうするのか。
を整理します。
関係者への説明が遅れると、
承継後の営業に必要な人員や取引を維持できない可能性があります。
地域との関係も引き継ぐ必要があります
前回の記事で取り上げた、
近隣住民との関係。
地域事業者との取引。
行政や観光関係者との連携。
地域行事への参加。
宿泊者へ案内している地域情報。
も、宿の大切な財産です。
ところが、これらが経営者個人の頭の中だけにあると、
経営者が変わった途端に関係が途切れます。
例えば、
近隣へ事前に連絡する事項。
送迎車両についての約束。
地域の飲食店を紹介するときの連絡方法。
地域行事の時期。
地元事業者との取引条件。
行政・観光協会の担当窓口。
などを記録しておきます。
👉許可だけでなく、地域から得てきた信用も次の経営者へ渡すことが、宿の承継です。
廃業も出口戦略の一つです
すべての宿を、
必ず誰かへ引き継がなければならないわけではありません。
後継者がいない。
建物の修繕負担が大きい。
経営を続けることが難しい。
という場合には、廃業を選ぶこともあります。
その場合も、
今後の予約への対応。
宿泊者への返金。
従業員への説明。
取引先との精算。
許可の廃止手続。
設備や看板の処理。
建物の売却・賃貸・転用。
個人情報や宿泊者名簿の管理。
を整理しなければなりません。
廃業は失敗とは限りません。
無理に営業を続けて問題を大きくする前に、
適切に事業を終わらせることも、経営者の重要な判断です。
今日の実務ワンポイント
現在の宿について、
次の資料がどこにあるか確認してみましょう。
・旅館業許可証
・許可申請時の施設図面
・これまでの変更届
・飲食店営業許可証
・消防関係の書類
・土地・建物の権利関係
・主要な契約書
・OTAや予約システムの契約情報
・従業員名簿
・取引先一覧
・地域や近隣との取決め
資料が見つからない場合は、
将来の承継以前に、現在の運営を確認する必要があります。
👉「自分が明日説明できなくなっても、誰かが宿の全体像を確認できるか」を考えることが第一歩です。
まとめ
旅館業許可は、
建物や屋号と一緒に自動的に移るものではありません。
事業譲渡。
相続。
法人の合併・分割。
など、承継方法に応じた手続が必要です。
特に事業譲渡では、
譲渡の効力が発生する前に承継承認を受ける必要があります。
そのため、
契約を結んでから考える。
施設を引き渡してから相談する。
買主が営業を始めてから申請する。
という順番は避けなければなりません。
また、引き継ぐものは旅館業許可だけではありません。
他の許認可。
予約。
従業員。
取引先。
施設図面や運営記録。
近隣・地域との関係。
も含めて整理します。
大切なのは、
👉宿を売ることではなく、次の営業者が適法かつ無理なく営業を続けられる状態で渡すこと
です。
今日のチェックポイント
□ 現在の旅館業許可名義を確認している
□ 土地・建物の所有者を確認している
□ 承継方法を決める前に行政へ相談している
□ 事業譲渡前に承継承認が必要なことを把握している
□ 相続承継の期限を把握している
□ 許可申請時の図面と変更届を保管している
□ 飲食店営業など別の許可も確認している
□ 将来の予約と前受金の扱いを整理している
□ 従業員・取引先への対応を検討している
□ 地域や近隣との関係を記録している
すべてにチェックが付かなくても構いません。
まずは、
現在の営業者。
建物の所有者。
許可関係書類の保管場所。
の三つを確認してみましょう。
行政書士田中穂積の視点
旅行業界で37年間、
多くの旅館・ホテルと関わってきました。
宿を引き継ぐとき、
買主や後継者が目を向けやすいのは、
建物。
客室数。
売上。
立地。
設備。
です。
しかし、実際に営業を続けるためには、
許可。
従業員。
予約。
取引先。
運営記録。
地域との関係。
が欠かせません。
どれほど魅力的な宿でも、
契約後に許可や設備の問題が見つかれば、
予定どおり営業を始められない可能性があります。
行政書士としてお手伝いしたいのは、
承継申請書を提出することだけではありません。
現在の許可内容を確認する。
事業譲渡や相続の方法を整理する。
他の許認可を洗い出す。
行政への事前相談を行う。
契約と承継手続の日程を合わせる。
引継ぎ資料を整える。
ことです。
現在の経営者が築いてきた宿を、
次の経営者が安心して引き継ぎ、
地域の中で営業を続けられる形にする。
それが、旅館業の事業承継を支援する行政書士の役割だと考えています。
Q&A|旅館業の事業承継
Q1.旅館の建物を購入すれば、現在の許可で営業できますか。
A 建物を購入しただけでは、買主が当然に旅館業の営業者になるわけではありません。
現在の許可名義と事業の承継方法を確認し、事業譲渡による承継承認または新規許可など、必要な手続を行います。
Q2.事業譲渡契約を結んだ後に承継申請をすればよいですか。
A 契約書を作成すること自体と、事業譲渡の効力が発生することは分けて考える必要があります。
承継制度を利用する場合は、譲渡の効力が発生する前に承認を受ける必要があるため、契約内容や引渡日を決める前に行政へ相談することが重要です。
Q3.旅館業許可を承継すれば、飲食店営業許可やOTAも引き継げますか。
A 旅館業以外の許可や民間契約は、別に確認する必要があります。
飲食店営業許可、消防関係、OTA、予約システム、取引契約などを一覧にし、それぞれ承継・変更・再契約が必要か確認します。
次回予告
次回はいよいよ最終話です。
「旅館・ホテル経営を地域に残る資産へ変えるために」
について考えてみたいと思います。
これまでのシリーズでは、
旅館業許可。
保健所・消防署との事前相談。
外国人スタッフの雇用。
OTAと直接予約。
宿泊料金。
宿泊者名簿。
変更届。
近隣トラブル。
地域との関係。
事業承継。
について考えてきました。
旅館業許可を取得することは、
宿泊事業のゴールではありません。
法令を守りながら営業する。
利益を残す。
従業員が働き続けられる環境をつくる。
地域へ価値を返す。
次の担い手へ引き継ぐ。
ところまで考えることで、
宿は一時的な事業ではなく、地域に残る資産になります。
最終話では、
👉開業・運営・地域共生・事業承継を通じて、宿を地域に残る資産へ変えるには何が必要か
について、旅行業37年の経験と行政書士としての視点から、シリーズ全体を振り返ります。
\ 旅館・ホテルの事業承継を検討している方へ /
行政書士田中穂積事務所
― 横浜の行政書士のアトリエ ― では、
旅館業許可やホテル開業支援だけでなく、
旅館・ホテルの事業承継や営業者変更に関するご相談も承っています。
例えば、
・現在の旅館業許可内容の確認
・事業譲渡による営業者の地位の承継
・相続による承継
・法人の合併・分割に伴う手続
・飲食店営業など関連許可の確認
・保健所、消防署への事前相談
・承継に必要な書類と日程の整理
・承継後の変更届や運営書類の整備
など、施設の状況と承継方法に応じて支援内容を整理します。
旅館・ホテルの承継では、
許可名義、建物の権利関係、設備、営業内容、契約時期などによって必要な手続が異なります。
そのため、当事務所では、
ご相談内容と必要な支援を確認したうえで、
個別にお見積りをご案内しています。
また、旅館・ホテル事業者の皆さまへ、
「旅館・ホテル運営チェックリスト」
を無料で進呈しております。
旅館業許可、変更届、外国人スタッフの在留資格、OTAと直接予約、宿泊料金、宿泊者名簿、消防・衛生・近隣対応など、開業後に確認しておきたい項目を整理できるチェックリストです。
👉事業承継を具体的に進める前に、現在の許可・設備・運営状況を確認してみませんか。
チェックリスト(無料)のご請求は、
お問い合わせフォームより承っております。
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次回 旅館・ホテル経営を地域に残る資産へ変えるために|第19話
この記事を書いた人 Wrote this article
田中穂積
横浜市泉区・中田駅を拠点に活動する行政書士。旅行業・宿泊業を中心とした観光ビジネスや障害福祉サービスの許認可・開業支援などを行っています。旅行業界37年の経験を生かし、現場と法務の両面から実務情報を発信しています。